電子出版を私的に考えてみる2010/05/24

今、世間の話題となっている「電子出版」を、私だけの視点で考えてみる。
決して一般論を語るつもりはない。
また、まだ考えがまとまっていない部分も多い。メモ程度だと思って欲しい。


●私が執筆した電子ブック
私は、3年前の2007年9月に「LEGO Technic 虎の巻」という本を、PDFファイルで公開した。
A4サイズ 215ページ。フルカラーの電子ブックである。
ノンプロテクト。転載自由。
継続的に利用する場合は、1000円または10ドルをPayPalなどで支払う、シェアウェアのようなシステム。
文字が入っているのは、表紙から3ページまで。以降は写真と数字のみ。「文字のない本」つまり言語や年齢で読者を制限しない本である。


この本を「電子ブックで流通させること」になった経緯を簡単にまとめると、次のようになる。
絶版になっている私の本「レゴのしくみで遊ぶ本」に対して、復刊ドットコムで200人に近い方の復刊希望の署名が集まった → 出版社やレゴ社など関係各社に復刊を再三お願いした → しかし、さまざまな事情で実現できなかった → 著作者と読者がこれだけ復刊を希望しても無理なんだ‥。

ここで考えた。
同じコンセプトの本を新たに作ろう。
ただし、同じことを繰り返さないために、自分ひとりですべてを作り上げ、それを誰の手も借りずに流通させよう。
そして生まれたのが、電子ブック「LEGO Technic 虎の巻」である。
構成、文章からデザインレイアウト、写真撮影まで、すべて私の手作りである。



●電子から紙へ(日本)
「LEGO Technic 虎の巻」を公開してすぐ、日本の出版社から「紙の本にしたい」と連絡が入った。
電子ブック「LEGO Technic 虎の巻」の配布継続を条件に、応じた。
出版社側から「少しでもいいから文字による説明を入れたい」との依頼があった。日本国内のみの流通だからそれもいいか − と考え、応じた。
こうして出版されたのが「ブロックで作るキカイの本」3部作である。



●電子から紙へ(韓国)
2年ほど前、韓国の出版社から「紙の本にしたい」と連絡が入った。
同じように、電子ブック「LEGO Technic 虎の巻」の配布継続を条件に、応じた。
この出版社には、韓国内でのみの出版権を与えた。
ただ、なぜかこれは未だ出版に至っていない。


●電子から紙へ(アメリカ)
昨年、こんどはアメリカの出版社から、「紙の本にしたい」と連絡が入った。
こちらも、電子ブック「LEGO Technic 虎の巻」の配布継続を条件に、応じた。
こちらは、判型は変更するものの、「文字のない本」というコンセプトを引き継いだ本になる予定である。
タイトルは、「The Unofficial Lego Technic Idea Book」。これも3部作である。



●収益
まず、電子ブック「LEGO Technic 虎の巻」の著作権は、誰にも譲渡していない。配布も継続している。
大体、執筆時に想定した人数の入金があり、今もポチポチと入金がある。
PayPalの手数料以外は、誰もマージンを持っていかないので、100% 印税のようなものである。

「ブロックで作るキカイの本」はだんだん在庫数が減ってきているようだ。
出版社の関連部署の動きを見ていると、増刷は難しいかもしれない。

「The Unofficial Lego Technic Idea Book」はどうなるのか。アメリカの出版事情もよくわかっていないので、本当に不明である。
しかし、初版部数などは、日本の出版社とは大きく違う。マーケット規模が違うようである。


●電子ブックからスタートするメリット
なによりのメリットは「LEGO Technic 虎の巻」の配布をいつまでも継続できることである。
たとえ、「ブロックで作るキカイの本」が絶版となったとしても、媒体は異なるものの、情報は伝え続けることができる。
未来永劫、自分の本はなくならない − 著者としてこれほどの安心感はない。

世界各国の出版権を、自身でコントロールできることも大きなメリットだ。
たとえば、日本の出版社の「紙の本」からスタートした本を、海外の出版社が翻訳出版する場合、日本の出版社は中間マージンを取る。つまり、海外版の本の印税のうち、何パーセントかを日本の出版社が持っていく。アメリカの印税は、定価でなく販売価格をベースに計算する。ただでさえ小さい印税が、さらに少なくなる。
「LEGO Technic 虎の巻」の場合、オリジナルはあくまでも、PDFファイルである。だから、各国の出版社から出版のオファーがあれば、自分の判断で可否を決定することができる。もちろんどこかの出版社に中間マージンを取られることもない。


●電子ブックからスタートするデメリット
出版社から「紙の本」としてスタートする場合は、編集者をはじめ、さまざまな専門家がサポートしてくれる。もちろんその作業費用は出版社が持つ。さらに少なくとも初版部数の印税は確保できる。

一方、電子ブックからスタートする場合、すべて自腹である。編集者を雇わない場合は、自分の力で「本の質」を高めなければならない。さらに作り上げた本が売れるかどうかは一切わからない。
つまりリスクは、相応にある − ということだ。


●これからの電子ブック
Amazonのkindle、AppleのiBooksをはじめ、さまざまな形で電子ブックの流通がはじまっている。
私は「紙の本」の流通量が激減することは確実だと思っているが、消えるとは思っていない。

特に私の本のようなコンテンツは、必ず「紙の本」のニーズがあると思う。

今、私は2冊の本の構想を立て、時間を見つけて執筆をはじめている。
その本を、どんな媒体で、どんな方法で流通させるのか、まだ決めていない。

たとえば、その本をiBooksに登録したとしよう。
その後、出版社からその本を「紙の本」にしたいと申し出があったとき、私はどうすればいいのか。
Appleにお伺いを立てることが必要なのか、Appleはマージンを取るのか、それは何パーセントなのか、あるいはAppleは何かしらの権利を主張するのか − まだ、はっきり理解していない部分が多い。
確実な料金徴収システムと引き換えに、著者は何を失うのか。しっかり見極めなければならない。
あまりに失うものが多いのであれば、「LEGO Technic 虎の巻」と同じように、PDFファイルで配布する方法もあるのだ。

ただ、出版社と組んで「紙の本からスタートする」という選択の可能性は、今のところほとんどない。

コメント

_ Kanabun ― 2010年05月24日 12:37

『LEGO Technic 虎の巻』、私もお世話になっております。(お支払がずいぶん遅くなって申し訳ありませんでした。)
字が読めない幼児でも、見よう見まねで組み立てておりますが、子供にとってはPCのディスプレーでは不都合なので、都度、印刷しております。(個人的利用です。ご容赦賜りたく…。)

我々のような田舎のしかも狭い家に住む庶民にとって、多くの書籍が電子データとなるのはメリットのほうが大きいです。流通、保管場所、持ち運びなどなど。書籍が手に入りやすくなるのはいいのですが、出版のハードルが低くなって玉石混交になる恐れがあります。ま、それもありかな?

_ naka ― 2010年05月24日 13:05

個々のiPadなりKindleなりに独自フォーマットがあり、それを公開しているので、それに変換して、PDF"も"配布するってのも方法かもしれませんね。
個人的には拡大縮小に検索も出来るのでPDFファイルが好きなのですが、上下左右の余白が微妙に電子ブックの場合、気になります。
本隊フレームが余白っぽいイメージなので、二重に余白が有る感じになり、絵、写真、文字の取れる場所が少なくなるのがもったいない気がします。
それもデザインと言えばそうなのかもしれないけど、、老眼の私としては、、

_ あきば ― 2010年05月24日 13:14

復刊はもちろん、最近では重版も、なかなか難しいですよねぇ。
よい本が継続的に販売されないのは、作り手として残念ですよね。
僕も電子出版しようかなw

さて余談ですが、復刊ドットコムの数値について、版元的にはどこまで信頼できるか疑問に思っているのではないでしょうか?

なぜ、そう思うかというと、
とある本についてですが、
「在庫切れしたので復刊ドットコムに登録しました。よい本なので投票よろしく!」という書き込みをみたことがあるんです。

その人は著者ではなく、その本のファンのようなのですが……だとすると
疑問1「アナタはその本を持っているのに復刊されたら買うの?」
疑問2「投票よろしくって……じゃあ応援投票してくれた人は買うの?」
というふたつの疑問が残りました。
投票しても買わなくてもいいわけですし、安直に応援投票する人がいそうで怖いところです。

_ 五十川芳仁 ― 2010年05月24日 13:42

●Kanabunさん
個人的利用なら印刷は全く問題ないですよ。w
個人的には玉石混交もアリだと思っています。一般読者は、より完成された「玉」を求め、鼻の利く編集者は「石」の中から才能を見つけ出して磨き、「玉」として再デビューさせる。もちろん、売り上げからプロデュース費用を差し引いて儲ける。
いずれにしても才能ある著者と、力のある編集者は生き残ると思います。

●nakaさん
うんうん、独自フォーマットを使うのもありですね。
ただ、私の本の場合、「モノクロ画面は絶対無理!」ですので、現時点でKindleは×ですね。

●あきばさん
> 版元的にはどこまで信頼できるか疑問に‥
なるほど、確かにそれはありますね。
ただし、「レゴのしくみで遊ぶ本」の場合は、復刊ドットコムと私が「何冊買取りならいいですか?」「PDFでネット販売するというのはどうですか?」までやってもダメでしたので、もっと深〜い事情があったようです。(^_^;)

_ あきば ― 2010年05月24日 14:20

>何冊買取りならいいですか?
えーっ、そうなんですか。
もしかすると「版下がなくなった」とか、あるのかもしれませんねぇ。
ただ、版元が絶版とした場合、著作権は五十川さんのものなので、
どこへでも持ち込めるはず。
なので、虎の巻のようにネット販売するのも手かもしれませんね。

_ naka ― 2010年05月24日 14:26

> ただ、私の本の場合、「モノクロ画面は絶対無理!」ですので、現時点でKindleは×ですね。
それは何も問題ないと思う。
PDFは印刷する可能性が残っている感じがしますが、電子ブックフォーマットは雰囲気、見る事だけで今のところ、精一杯って感じかも知れない。

_ naka ― 2010年05月24日 14:32

出版社の場合、単に電子化すれば良いってだけじゃないような気がします。
しがらみと言うか、印刷会社は電子化してしまうと死活問題ですよね。同じく、街の本屋さんも死活問題ですので、安易に著者がやりたいと言っても出来ないのじゃないのかな?
1冊やってしまうと、あとは雪崩のようになし崩しでやられてしまいそうで恐れているような。。でも、もう逃げようがないのにね。

_ 五十川芳仁 ― 2010年05月24日 14:45

●あきばさん
> 「版下がなくなった」とか‥
あるかも。w
> 版元が絶版とした場合、著作権は五十川さんのものなので‥
そういうものなんですか。なるほど‥。
ただ、今となってはレガシーな本なので、あまり配布の意味はないかと。

●nakaさん
私の本をモノクロKindleで見ても、パーツの分かれ目がわからないので、役に立たないんですよ。w
現時点の出版社の電子化の動きって、会社間で徒党を組んだり、牽制したり、様子見したり‥。バーンと1社で突っ走るところが出てくると、大きく動きそうなんだけどなぁ。

_ TOM ― 2010年05月24日 21:16

実は復刻を願っていた一人です(^^;
旧版、機会があれば購入を伺っているんですが、
オクだと値段が凄くて怖気付いております。

_ 五十川芳仁 ― 2010年05月25日 04:47

●TOMさん
需要と供給のバランスで値段が決まるということは分かっているのですが、オクの値段には、著者として心が痛みます。(;_;)

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